TITLE

蛾類学会コラム10 ヒメキシタヒトリ

岸田泰則

後、一か月もたつとヒメキシタヒトリの季節だ。僕のコレクションにズラーっと並ぶヒメキシタヒトリの標本をみていると、いまだに血が騒ぐ。一時期、僕を魅了したすばらしい蛾なのだ。

 

Fig. 1 群馬県嬬恋村桟敷林道のヒメキシタヒトリ

ヒメキシタヒトリは、北海道と本州中部の亜高山帯に分布している。産地は局地的で、何処へ行っても採れる蛾ではない。僕が初めてこの蛾を採ったのは、1982年7月25日北岳だった。当時、高山蛾の調査をしている神保一義さんの隊(神保・柳田・中島)に志願して連れていってもらったのだ。草つきにとまっている個体を見つけ歓喜したことを覚えている。ところが、この時、一生忘れないことが起きるのである。台風10号の直撃により、南アルプススーパー林道はずたずたに崩壊し、僕の新車も土石流で流されてしまった。我々は自衛隊のヘリコプターで救出されたのだ。荷物を持って乗れないのでリュックなどは置いてきたが、採集した蛾だけは、下着の中に詰め込んでなんとか持ち帰った(詳細は、神保一義著 高山蛾 築地書館 を参照して下さい)。

Fig. 2 長野県入笠山小黒川のヒメキシタヒトリ

そんなデビューの苦い思い出があったので、しばらくはヒメキシタヒトリを採りに行こうなどと思わなかった。その後、少しずつ標本は増えていったが、地理的な変異を調べるための十分な数は所有していなかった。これではいけないと思い2007年に集中した調査を決行したのだ。蛾類学会その他の皆さんからの情報を基に計画をねり、7月9日入笠山小黒川、7月16日嬬恋村桟敷林道、7月19日野麦峠、7月20日白根弓池に行き多数の個体を採集できた。翌年は、安房峠でも多数を得て、浅間山塊、飛騨山脈(北アルプス)、赤石山脈(南アルプス)の個体群を調べる十分な標本を得ることができたのだ。

Fig. 3 長野県宮田高原伊勢滝のヒメキシタヒトリ


当時、ヒメキシタヒトリは木曽山脈(中央アルプス)にはいないとされていた。しかし、西尾氏が宮田高原で1匹を採集したが、標本はないという情報が入った。僕は、宮田高原にすぐに行き、さんざん捜したが採れなかった。宮田高原はヒメキシタヒトリが生息するような環境ではなかった。記録は間違いだったのかと思った。翌年、愛知の間野氏より、だいぶ前に伊勢滝で1匹採ったことがあるが、これまた標本はないという情報が入った。2009年7月12日、僕は伊勢滝に行った。宮田高原の駐車場から徒歩で2時間はかかる。やっとの思いで伊勢滝たどり着いた。ときたま小雨が降る天候だったが、すばやく飛翔する本種を採集でき、確実に生息すること確認できたが、飛騨山脈と同じ特徴を持つ個体だったので少しがっかりした。

このように思い出がいっぱい詰まった蛾であるが、まだ以下のようなやり残したことがある。

1. 菅平での再発見
菅平では、鈴木亨治氏が1987年7月18日に1を採っている。この記録を参考にして菅平で探索したが見つからなかった。なんとか再発見したい。

2. 扉峠にはいるか?
故藤沢勝利氏は、扉峠で1を採ったという記録をした。美ヶ原周辺では本種の記録はないので、びっくりした。しかも、ライトトラップに飛来したという。本種は、まずライトトラップに飛来しないので、藤沢氏に真偽を確かめた。藤沢は「標本は友人に預けた」という。そこで、その友人に手紙を書き、藤沢氏が採ったという標本を送ってもらった。なんとそれは、ヒメキシタヒトリではなく、モンヘリアカヒトリだったのだ。モンヘリアカヒトリならライトトラップに飛来したという記述も納得できる。しかし、ラベルをみると、藤沢氏が記録した月日と異なるのである。これは、記録した個体とは違うのではないかという疑念が出てきた。結局、真偽のほどは不明のまま現在にいたっている。扉峠から美ヶ原周辺も調査したが、本種は得られていない。

3. 稲子湯にはいるのか?
大手町のコレクションフェアーで、小海町稲子の1の標本が販売されているのをみつけた。八ヶ岳付近では本種の記録はないので、これは新産地だと思いすぐに購入した。ラベルには小海町稲子2007年7月31日と記されている。さっそく出品者に聞いてみた。稲子湯の周辺で採ったとのことだった。翌年、僕は稲子湯に行った。稲子湯周辺の環境は、本種が生息しているとは思えなかった。標高が低すぎるのだ。稲子湯から麦草峠にかけても調査してみたが、本種の生息は確認できなかった。僕以外にも探した人がいるが、それでも発見できていない。標本は、北海道産の個体によく似た特徴を持っていた。もしかして、北海道の標本が混じった可能性があるかもと思うのだが。

さぁ 今年も頑張るぞ。
狙いは7月上旬、標高1500m位の亜高山帯。皆さんも狙ってみてはいかがでしょうか。

カテゴリーの一覧へ戻る

Last update: 10 Jun, 2018