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蛾類学会コラム8 北アルプスのクロフカバシャク

四方圭一郎

シャクガ屋でない僕が、クロフカバシャクの発見に係わることになったのは、青森の工藤誠也くんから届いた一通のメールが始まりであった。

彼はその年、青森でクロフカバシャクを再発見しており、その関係でネット上にあるカバシャクの画像をチェックしていたのだが、その中で触角がクシヒゲに見える画像を見つけ出し、僕にメールをくれたのだ。教えてもらったカバシャクの画像を見てみると、確かにクシヒゲに見えなくもない。撮影者はどうも諏訪の方のようなので、諏訪在住の昆虫写真家、青木由親くんに連絡を取るよう、工藤くんに返事をした。工藤くんから連絡を受けた青木くんは早速撮影者の方に連絡を取り、撮影場所と撮影日を聞き出してきた。そして、じっと春が来るのを待ったのだ。

Fig. 1 野外で発見した♀。

3月半ばになり、山国信州にも少しずつ春の気配が感じられるようになってきた。じっと我慢していた青木くんは、その気配を感じて行動に出た。本当にいるかどうかわからないそのポイントに、毎日のように通ったのである。そうして迎えた記念すべき3月29日、春分を過ぎて日差しにも少し力強さを感じられるようになったその日に、とうとう最初の1頭を捕まえたのだ。カバシャクより一回り小さいその蛾の触角は確かにクシヒゲで、カバシャクでないことは一目瞭然であった。
確実にいることがわかった翌日、僕は仕事を全部キャンセルしてポイントに向かった。努力せずしてご馳走だけをいただく、なかなか狡賢い作戦である。

Fig. 2 ヤマナラシの冬芽に止まる♀。

ときおり日がさす薄曇りのその日、北アルプスから吹き下ろす風は冷たかった。お世辞にも昼蛾が喜んで飛ぶような日ではない。1時間ほど待った頃、視覚の端をオレンジ色の影が横切った。網を構えて駆け寄る隙に、そのオレンジ色は地面を覆う枯葉に溶け込み、僕の視界から忽然と消えた。1時間後、同じことを繰り返して自分がイヤになる。さらに待つこと30分。三度目の正直で、一瞬見えたオレンジ色に駆け寄ると同時に網を横に振った。手応えがあった。

Fig. 3 クロフカバシャク♂(標本)。

この年得られた北アルプス産の4 ♂の標本を、ロシア沿海州産、青森産、岩手産の標本と比較し、東北産とはやや違いがあるものの、同じクロフカバシャク日本亜種Archiearis notha okanoiであると結論づけて、蛾類通信に投稿した。

たくさんの人が採集に訪れる信州で、こんな顕著な美麗種が未発見であったことは驚きであった。その一番大きな原因は、カバシャクの発生より半月ほども早く羽化することである。この時期、寒波が入れば北アルプス山麓ではまだ雪が降る。さらにヤマナラシの枝先を飛び回り低いところへあまり降りてこないこと、そもそも蛾屋がこんな時期の日中に網を持ってうろうろしないこと、蝶屋も採集に出る時期でないことなどが発見を遅らせた要因であろう。2017年は、秋田でも発見され、青森でも新産地が見つかった。発生時期と採集方法がわかってきたので、これから中部から東北地方の各地で発見されるのではないかと思っている。僕もこの春は新産地で狙ってみるつもりである。場所はどこだって? それは採れるまで内緒である。

何はともあれ、この発見の立役者は青木くんである。惜しみない拍手を彼に送りたい。

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Last update: 9 Apr, 2018