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蛾類学会コラム24 南アルプス高山蛾調査記 2019

飯森政宏

私が高山蛾、特に高山性のヤガに憧れを持ち始めたのは2005~6年頃であったと思う。神保一義氏が執筆された「高山蛾」という本を読んでからのことだった。まだ子供が生まれたばかりで蛾の採集にも満足に行けず、せめてもと蛾の書籍を買い漁っていた時である。当時の私には登山を伴う場所でのライトトラップなど夢物語であり、雲の上に棲む高山蛾はまさに雲の上の存在であったのだ。

あれから10数年が経ち採集にも行けるようになってきた私は、車で行ける場所でアルプスヤガやヤツガタケヤガなどを採集したことでさらに高山蛾の魅力に憑りつかれてしまった。近年になって手軽に携行できる光源が普及し始めたこともあり、登山を伴う採集を考え始めていた。しかし夜の高山へ単独で乗り込むことへの不安や、法令に明るくない私は憧憬とリスクを天秤にかけ、まだ時期尚早と判断していた。

そんな折、南アルプス高山帯の調査を主導している四方圭一郎氏から調査のお話をいただいた。私が高山蛾に興味を持っていることを知りお誘いいただいた。許可申請を行いノウハウのある方々と高山でライトトラップをする、私の脳裏には憧れだった光景が浮かび、ソコソコ体力に自信があったこともあり二つ返事で快諾した。結果的に荷物持ちどころかお荷物になってしまったわけだが・・・。この時の顛末は昨年の秋の例会で紹介された通り、惨憺たるものであった。

そんなお荷物だった私に氏は今年も声をかけてくださり、高山蛾の魅力から逃れられなかった私は図々しくも再び参加させていただいた。(環開地国許第1906276号・第1906277号) 今回は8月の1~3日の日程で四方氏、枝恵太郎氏、私という3人での調査となった。昨年よりは荷物も軽く、余裕の山行かと思っていたのだが・・・。4月からデスクワークとなった私は体力の低下と体重の増加が著しく、今年もお荷物担当となってしまったのだった。

初日は2600m付近でのライトトラップ。新月のうえ気温は15℃前後と高く風も弱い。好条件かと思われたが、雷雨直後だった影響か蛾の飛来は芳しくなく、高山蛾はアルプスクロヨトウ(fig. 1)、タカネツトガ(fig. 2)、サザナミナミシャクといったメンツが少し飛来する程度に留まった。夜中になって急に冷え込み、テントで寝ていた私は寒くて何度も起きてしまった。昨年の暑さが頭にあった私は防寒具を疎かにしてしまったのだ。高山の天候は行ってみないとわからないものだ・・・。

翌日は2800m付近で調査を行った(fig. 3)。気温や風の条件は前日とほぼ同じ。しかし、前日と違い多くの蛾が飛来し賑やかな幕となった。昨日のメンツに加え、アルプスヤガ(fig. 4)やアルプスナカジロナミシャク、ソウウンクロオビナミシャクが飛来した。なかでもソウウンクロオビナミシャクやアルプスクロヨトウは多数の個体が飛来し、高山でのライトトラップを実感させる幕となった。悲願のキタダケヨトウは今年も飛来しなかったのだが、楽しく、満足できる採集となった。

昨年、ただ高山でのライトトラップに浮かれていただけだった私は今年になって気が付いたことがあった。関係各省への許可申請の他にも、四方氏は山小屋の方々と事前に信頼関係を構築し、登山者の常識に反するであろう我々の行動に理解を頂いていた。登山を伴う採集は普段のフィールドと全く異質であることを忘れてはいけない。夜に山中で灯りを点ける行為は、山の保安面からすれば好ましくないであろうことは容易に想像がつく。山小屋からすれば山岳事故を招きかねない行為を歓迎する理由がなく、ひとつ間違えば大きなトラブルに発展する行為である。そういったトラブルを避けるため事前に周知し、未然に防いでおくことは高山蛾採集において重要なのだ。

山屋でもない私が今回も無事に山行を終えることができたのも常にサポートをしていただいた四方氏、枝氏のお陰である。お二方にはこの場を借りて御礼を申し上げたい。と同時に来年もまた調査に参加させていただけたら嬉しいことこの上ない。(体重落として体力をつけなくては…)

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Last update: 5 Dec, 2019